愛国主義者ではなく愛地球主義者に。

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【歴史】1人間社会が経てきた変遷・発展の経過。また、その記録。2ある事物・物事の現在まで進展・変化してきた過程。

史から様々な事を学ぶ事が出来るが、人によって捉え方が様々であり、
歴史自体も主観的にも客観的にも実に多角的に記録されているが
過去を振り返るとはどういうことなのだろうか。

歴史的犯罪を学ぶ事はその犯罪の再発防止につなげる目的であり、その他、復習であってはならない。
歴史的成功はその方法を学ぶ事で新しい発明発展につなげていくべきである。

昨今の中国と韓国については国と国との歴史は双方が協力して過去の偉人悪人の歴史を反省参考にし、お互いが進化するべきで、過去の歴史がどうであれ、歴史から「過去の憎悪の感情」を汲み取る事だけではまた同じ事を繰り返す。時には歴史を見ない方がうまく行く事もあるはずである。

”起ってしまった事は今から過去に戻って変えられない。
変えられる事はこれからなのだから”

ただし、過去の歴史を振り返ると戦争で国と国同士が胸が苦しくなるような残酷で目も当てられない事をして来た事実がある。これを決して許してはいけないと言うかどうかはその人次第だが、僕は許す許さない以前に第二次世界大戦がされていた時代に生まれておらず、実際に体験した事がない。体験談を聞いたり、他写真や映像、そして文章を読んだくらいのあれだけの規模の戦争の小さな情報でしかない。


最終的に日本には原子力爆弾が2回投下され戦争は最も悲惨な形で終焉を迎えた。原爆を投下された長崎、広島ではその後の放射線等で次の半世紀以上を苦しむ事となる。戦争犯罪人達はポツダム宣言で永久追放され処罰された。並びに民主主義的傾向の復活を強化すること。言論、宗教及び思想の自由並びに基本的人権の尊重は確立することに調印した。

戦争後あやふやになった問題が沢山あるが、これは実際にこういう事にしてしまった おじいちゃん、ひいおじいちゃん、おばあちゃんの頃の問題を若者は歴史から憎悪を汲み取るのではなく、もうこういう事はしないと心に誓い、前を向いて取り組んで行かなければいけない。

まで様々な国へ旅した。
カナダの高校を卒業し、ロンドンの大学院を出て、様々な人種と友達になった。

色々な国の出身の友達と出会い学生時代を過ごして来たが、今まで一度も歴史的な事で熱く話し喧嘩になった事がない。わざわざ事を荒立てる為に言う必要性を全く感じないし、そういう気質なのかもしれない。正直言うとそんな歴史は友達を作る上で関係ない。むしろ歴史情報は”これから”を作る上で邪魔になる。

もちろんクラスメイトやルームメイトには韓国人や中国人もいたが、だからと言って友達にならないようにする事はなかった、同じプロジェクトを分かち合い、深く考え、問題を定義し作り上げたプロジェクトが出来た時は本当に嬉しかったし、生き甲斐を感じた。

友達になると、自然に歴史は歴史、今は今と割り切れる。

邪魔するのは国を統治する上で自分の職場や立場を守るために動いている”建前主義”の政府。
そんな大人の仕事の関係で国民の友好を邪魔するのだけは辞めてほしい。

誰もが喧嘩したいとは思ってない、過去の歴史や見た目等で人種における劣等感を感じたくない。しかし、貧富の差が劣等感を生み、シンプルに優位に立ったように感じる事が出来るお金を持つことで劣等感をなくす幻想を社会から学んでしまう。

結果、人間が富と思い込んでいるお金のせいで、多くの生命や資源が奪われていく。しかも地球が生産出来る量の資源を上回るスピードで。

このお金に変わる資源の取り合いにより、人種の平等性が失われ、コミュニケーションで解決出来なくなり世論や金に惑わされて戦争へ発展していく。領土問題から人同士が資源を奪い合い殺し合うまでに発展してしまっては取り返しの付かない事となるのは目に見えている。こここそ、歴史を振り返るべき所なのである。

一方的に湾曲された歴史を読んだ若者が、昔の人にひどい事をされたと主張し復習を企てる。
生まれて来た子供に人を憎むように育てたら本当の愛国主義者が生まれるのか。

初めて会う人に「お前の国はこんなひどい事を過去にやったんだぞ!謝れ」と強要して何が生まれるのか。逆に無知である方がよっぽど平和を生むのではないだろうか。

「愛国主義」を「愛”地球”主義」となる方がよっぽど良いと思った。

人種や国を越えるとまったく違った意見を持つ人と出会う事がよくあると初めは書き出したが、実は根は同じなのだと悟った。

実際は両親の教育や学校の教育、社会がそれぞれの性格を変えて行く。
歴史はそれぞれの観点からの見解によって変化する、歴史本に掲載された歴史でさえ人の手で書き換えられ、残酷すぎて教育者から省かれて来た事実もあるだろう。しかし、友好を考えると、歴史はいらない。

だからと言って素直に手を取り合って仲良くしましょう!とはならないし、放置出来ない問題が山積みだと言うし、無視出来ない問題が沢山有るでしょう。

山積みなのは、リーダー同士が話さず、互いが問題を先送りし積み上げて来ただけで、周りの事を気にし過ぎたり、アドバイスを聞きすぎて何も決められなかった歴代のリーダー達の責任。

官房長官に「極めて遺憾です」と言ってもらい、大使館を通じて手紙を出し合う…これで何か解決した事があるのだろうか。進歩しない外交には目も当てられない。しっかり会って交渉し一国のリーダー同士2人で決定する事が解決の一歩であると信じている。

2人以上で決めようとしているのならリーダーという存在価値がないのではないだろうか。
リーダー同士で決められないなら、第3者の介入が必要で、裁判で決めるしかない。
責任を取る方法として切腹という形で美化してきた時代は終わった。バトンタッチが早すぎる日本はこれから立て直す努力をし続けて、お互いの足の引っぱり合いを見せるのではなくて、ポジティブな政治を見たいぜよ! (2012)

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八木 仁 (やぎ じん) JINN YAGI
Born In Kyoto / 京都出身/比叡山育ち

1979年京都市生まれ 
英国ミドルセックスロンドン大学院修士課程卒業
インタラクティブメディア・デザイン専攻(Design for Interactive Media, MA/MSc)

"DELUA ANTI NORM(デルアアンティノーム)あらゆるジャンルの音楽を巧みにミックスし、数々のクラブ、ライブハウスでライブ活動している。MONDO GROSSO / RICHRD BARTZ / Oskar Melzer / DJ HELL / KEN ISHII / BEN SIMS / RICHIE HOWTIN / BEN SIMS / FREE TEMPO / STUDIO APARTMENT /等
多数のアーティストとの共演がある。